2009年6月8日月曜日

熱中夜話に投稿しました

どうやら反映されるまで時間がかかるようですね。

200文字以内という制限はかなり越えてしまいましたが、どうやら超えても掲載されている投稿もあるようなので、できるだけ短くして投稿しました。

万が一投稿されないとなんだか空しいので、下に原稿を張っておきます。
よかったらどうぞ↓

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「マイケル・ジャクソンは神格化されすぎている。」

もうどうしようもないほど彼に心酔しているからこそ、あえてこの主張をこの番組にぶつけたい。
というのも、このことこそ彼がそのカリスマ故に背負った十字架であり、彼のエンターテイメント性を過小評価させている原因のひとつであると考えているからだ。

マイケルはシーンに対する非常に敏感な嗅覚とバランス感覚を持っていて、あらゆるエンターテイメントのエッセンスを巧みに取り入れることでカメレオンの如くそのスタイルを変化(進化)させながら「キング」として君臨し続けた。
彼の芸術性の本質はパロディー、そしてそのパッチワーク的手法なのであり、更なる彼の天才はそれらを二番煎じの寄せ集めに留めず「マイケル・ジャクソン」という芸術に昇華する力なのだ。

過剰な神格化はマイケルのエンターテイメントを楽しむ上で余計なフィルターだ。
マイケル・ジャクソンはミュージックシーンに突如現れた孤高の天才などではなく、過去・現在、あらゆるエンターテイメントの「集大成」なのだから。
一人のカリスマという視点以上の魅力がマイケル・ジャクソンには内包されている。

米国のエンターテイメント界と直結している訳ではないここ日本では、マイケルのパフォーマンスを一目見てこのような側面から理解しようとすることは難しい。
そのため、長年マイケルに「熱中」してきたフリーク達が集まり、語り合うこの番組は非常に意味深いはずだ。
「エンターテイナー」マイケル・ジャクソンの核心に迫るトークを期待し、またこの番組をきっかけにより多くの人々がマイケルへ「熱中」していくことを願って。

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これでもかなり短縮したのですがねぇ…

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